2013.12.20 / Thinking

環境を生み出すデザイン

今回インタビューを行ったのは、都市景建築家、デザイナーとして活躍する韓亜由美さん。トンネル空間の壁面にパターンを描き、車で走行すると、それが“移り変わる景色”のように見えるという「シークエンスデザイン」の分野を切り開き、岐阜県「小鳥トンネル」ではグッドデザイン賞特別賞を受賞、2年前には日本海沿岸東北自動車道の4本のトンネルルートをデザイン。そんな韓さんの「仕事の姿勢」について話を伺った。

「意味を持たない視覚的リズム感が大事、自然に変化を感知してもらう」

野村:韓さんとはこれまでそれほど多くの交流はなかったのですが、一度お会いしたいと思っていたんです。どこか魔女的なイメージがあり、また物事を切り拓いていく強い女性という印象です。なぜかというと、韓さんがシークエンスデザインを実現されたトンネルに驚きがあったから。シークエンスデザインとは、トンネルの内壁にいろんな色のストライプ状のパターンを描き、トンネル走行のストレスを軽減するというものですね。でもそれって、そのデザインに気をとられて、一般的には「あぶない」と誤解も受けそうですね。

韓:開発当初はそうでした。だからこそ、色のトーン、パターンの密度に十分気をつけました。赤色を多用しないなど、自ら制限しました。トンネル内のデザインパターンは、決して具体的な事物であってはならないんです。言語性、メッセージ性を持たせてしまうと、野村さんがおっしゃったように走行中にそれを理解しようと気をとられてしまう。たとえば、東京の夜景を壁面に描くことは危険。「スカイツリーはどこかしら、東京タワーは?(笑)」となると、意識はそちらに向いてしまう。大事なのは、純粋な視覚的リズム感。つまり、走行していて違和感なく自然に、「変化」を受け止められるもの。

野村:トンネル内描かれているデザインは、車の動きに対して矛盾のないものになっていますね。

韓:それは必然的にそうなりますね。なぜなら、道路の進行方向は決まっています。入り口があり、前に向かって走り、出口へ抜けて行く。その運動は決まっている。だから描くものに関しても、進行方向と水平に伸びていく。つまりストライプで水平パターンを作っていく。あとはそれが長いか、短いか、そして高さを工夫するんです。でも決して単調ではなく、バリエーションを多彩にする。もし、進行方法の妨げになるようなデザインだったら…。たとえば垂直線だとすると、それだけでスムースな走行の障害やストレスにつながってしまう。間違ったデザインが人間の知覚・感覚にとって、バリアになってしまうことも十分あるんです。

「色は地域性さえ象徴できる」

韓:普通のトンネルって圧迫感が強いし、あと眠気に誘われますよね。それは、ドライバーのほとんどが体験しているトンネルの弊害。そこで、従来の設計者が最初に施したことは、例えば、路面に細かいオウトツをつけて、走行中の車体をガタガタさせ、眠気に対する注意を呼びかける方法。だけどそれって、要はドライバーを驚かせるということ。私はそこに疑問がありました。危険やストレスをより増やすのではないかと。トンネル内であっても、いかにして視界に変化を与え、快適に、かつ人間の危険回避能力を活かすことができないかを考えるようになりました。人間の知覚、感覚をニュートラルな状態に保ちながら、トンネル走行させる。カーブを曲がるときだって、「カーブ危険!」という標識ではなく、「これからカーブに入って行く」と自然に視覚と身体を誘導させていくこと、それが必要ですよね。

野村:トンネルを車で走っていると、私はどうしようもなく不安に駆られることが多い。ランプの明暗など、ストレスを抱く場面が多々あります。その点、韓さんは「色」にすごくこだわっていらっしゃいますね。人間は常に色をまとって生きている。つまり、人間にとって色とは、生活するうえでの重要な手がかりなんです。韓さんが特に「色」に着目してデザイン、制作されたのは、チョイスとして大正解だと感じました。

韓:このデザインで色とは地域性の象徴でもあるんです。日東道のトンネル内でも、たとえば海側の壁面には海の色、山側の壁面には山の色を配し、その土地らしさを表しています。人間が本来身につけている方向感覚を生かして、配色しているんです。トンネルとは自然の恵みから切り離されている建造物なので、それをいかに自然に近づけてデザインできるかは、すごく大事なこと。同じく日東道では、日本海沿岸にあるトンネルなので、その地域で一番美しい風景で、もっとも象徴的な夕焼けのデザインを、全長6キロのあつみトンネル区間内で1か所設けたりしています。そうすることで、どこでも同じで無機質なトンネルではなくなる。小鳥(おどり)トンネル開通の際、国土交通省がドライバーにアンケートをとったのですが、8割の人が「今までのトンネルよりずっと走りやすい」と言い、「ほっとする」「楽だった」「(距離が)短く感じた」という意見もたくさんあった。

「あえて物事を“完結”させていない」

野村:先ほどおっしゃった「夕日のデザイン」のことなど、韓さんは地元に密着した取り組みに、ひとつのこだわりをもっている気がしたのですが、その点はいかがですか。

韓:まさに、そうです。地域の人、毎日利用する人、その方々のために物作りをしています。私は業界向けにデザインしているわけではないし、特別な選ばれた人のためにこの仕事をしているわけでもない。確かに、オシャレなレストランやブティックをデザインするのは素敵なこと。しかし、私が興味を持っているのは、もう少し広く、老若男女、まちで普段の暮らしをしている人。つまり、人と地域の関係をデザインしたいんです。

野村:韓さんは「地域を見る天才」だと思います。誰かに寄り添ってデザイン活動をされていらっしゃいますよね。私も、長い間、人の体を見て、そしてp!ntoを作りだしました。だから、体を見ることにかけては誰にも負けないと自負しています。その本質の部分を考えたとき、やはり「人に寄り添うこと」なんだと感じています。

韓:私はいわゆる「作品主義」ではないです。建築家、デザイナーとして、「これは自分の作品だ!」と完結させてしまうと、反面、そこで終わってしまい、発展の余地が無くなってしまう。私は、そこから始めるための機会、可能性をデザインしたい。私自身、都市をテーマにして活動をしていますが、無人の「建築物」「空間」として完璧で美しいより、人がいることによって豊かになる風景、時間と共に価値を重ねられるデザインにしたい。そして、自分がデザインしたものが、人の出会いや毎日の生活の無くてはならない一部に育ってほしいのです。完結させるのではなく、その先を楽しみに。自分のデザインで明確な答えを発するのが目的ではなく、断絶していたもの同士であってもデザインという触媒によって融合させることで化学変化を起こし、思いがけない展開を生んでいく。それがデザインの力であり、醍醐味だと感じています。

野村:まさに、同じ考え方です。それはp!ntoの趣旨でもあります。なぜ私が韓さんに興味を持ったのか…、きっとその部分を感じとったのかも。人に「考える余地」を与える。そして、自分で幸せを見つけてもらうこと。きっと、韓さんと私の共通点はそこなんだと思います。

韓:ピントに触れてみて、野村さんのお仕事の姿勢に自分に近いものを感じていました。私も、人にとって自然で一番無理のない状態、人が自由に感性豊かに過ごすことができる環境をいつも探っているからです。野村さんは、日常のシーンの中で、人の当たり前の動作に注目し、辛い姿勢や身体に無理が生じた状態から負担を取り払うための形を探し、過不足無くバランスを取ってモノにしていく。そういう点では、p!ntoも、私のトンネルのデザインも同じ。確かに「美」を追求すること自体は素晴らしいです。しかし、いくら美しくても人が寄りつかなかったら虚しい。これからも、誰もが居心地良く過ごせる環境をデザインしていきます。


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